2012年4月7日土曜日

連れ子10_家を追い出した弟との思い出、知的障害とか関係ない

連れ子「知的障害」
ふと、過去を思い出しました。

私には、5歳離れた弟がいます。
病院側のミスで死産だったのですが、結果的には元気に生きてます。

代償として、軽度の知的障害をもってます。

当初は、「生涯、他者の面倒が必要」だと言われていたようですが、日常生活は普通にこなせるレベルです。

高校には進まず、職業訓練学校を経てフリーターとして社会に出ました。
その後は、アルバイト先を何度も解雇されてます。
社会と上手く付き合うことが難しいようです。

そんな弟の1番の友人は、1つ年下の従兄弟です。

祖母が原因で親類関係がゴタゴタしていたことがあり、要請を受けて数日間帰省した時期がありました。
当時私が25歳ですので、弟はちょうど二十歳ですね。

話しを聞くと、
原因は祖母がリフォーム関係の悪徳業者に何度もダマされ、何百万もローンを組んでしまっていたとのこと。
祖母は、ギリギリまで誰にも言えず、食べるのにも困るようになり、ようやく娘たち(私の母、従兄弟の母)に打ち明けたようです。

私が帰省した時にはすでに、従兄弟家族も集まっており、「祖母が悪い!」「疫病神!」という意味の分からない雰囲気になってました。その流れの中心が従兄弟でした。

呆れて隣の部屋で一服していると、その従兄弟と一緒になって弟までもが偉そうに振る舞い、面と向かってでは無いにしろ、祖母に対し「アホちゃうか!」「死ねや!」そんな物言いをしていたのが聞こえ、さすがに我慢できなくなり、「我慢する必要が無い」に切り替え。

「お前らがオバン護らんとどうすんねん!」

「やってる事逆やろが!」

「オカンも、オバチャンもおかしいぞ!こいつらお前らの子供やろが!!」



弟と従兄弟の2人を怪我しない程度にシバき、怒鳴りつけました。


従兄弟は、「腹が立って自分のことしか考えてなかった。」と反省の弁が見られました。
ところが、弟はどうにも納得いってない様子で「何で人が死んだらあかんのか分からん。」という物言いでした。

み「ほんなら、お前今死ねや。」

弟「・・・・嫌や。」

み「死んでもええんやろがい。今死なんかい。」

弟「・・・・・・・。」

み「お前と同じように、他の人も死ぬの嫌なんや。」


弟は家族に養ってもらっていることを棚に上げ、親に偉そうに振舞っていたのもあり、私は止まりませんでした。

み「お前な、オカンにも偉そうにしてるけど、独りで生きていけるんやったら出ていかんかい。」

弟「・・・・・・・。」

み「飯作ってもらって、洗濯してもらって、お前は文句言いながらずっとゲームしてるだけやろ。」

み「今すぐ出ていけ。」

弟「・・・・・・・。」

み「はよ、出ていかんかい!!」


涙目で、弟は出て行きました。





・・・・・翌日。

弟「みやび兄ちゃんごめん。。。。」

み「何がや?」

弟「独りでどうしたらいいか分からん。」

み「そうか。みんな助け合って生きていってるねん。」

み「家におるんやったら、オカンのことも考えろよ。」

弟「分かった。。。。」


分かっていたことですが、翌朝、目を真っ赤に腫らし、鼻水垂らして帰ってきました。
どうやら、近くの公園で野宿したようです。
母親は、「障害を持ってる弟に対してやり過ぎだ」と心配してましたが、障害があろうがなかろうが、「アカンもんはアカン」と叱られることも必要だと思ってます。
心では解ってるはずです。

家族、親族には愛想が尽きてましたので、祖母の件は「俺がするから誰も口挟むな」と、私が引き受け解決しましたが、元々家族嫌いだったのがさらに嫌いになった思い出です。
私はおばあちゃん子で育ってますので、余計に記憶に残ってます。


特に、オチもなければ纏まりもない話し。
実は、「連れ子との生活」シリーズを更新しようと、出だしに思い出した弟のことを書いているうちに止まらなくなり。

今のところ、ダメダメな次男が大人になったとき、ノラリクラリ逃げた生活をした場合、躊躇なく追い出すだろうなと、過去を思い出した話しでした。



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